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机の下の秘密基地
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我ら連合軍【5】

前回のつづき。

○番狂わせ

私は連合軍を何とか勝たせたかったので、半ば捨て身の作戦をとることにした。チームで一番背の高い私が常に敵のゴール下に居続けて動かない。そして、残りの4人がボールを奪うことに成功したら私めがけて思い切りパスを投げ、私がシュートでゴールを狙う。サッカーならオフサイドになってしまうが、バスケットにオフサイドはない。ただし、相手チームの5人に対して4人で対応することになるからその点は不利になる。これは本格的なバスケではありえない作戦だが、素人も多い学校の体育であり、そして何より下手くそが5人集まるのも4人集まるのも大差ないという判断から思い切った行動に出ることにしたのである。

そしてこの作戦は見事に功を奏した。捨て身の作戦だからいつも勝つという訳にはいかなかったが、全敗してもおかしくないチームが5割を超える勝率を記録した。そして試合のたびにやる気と自信を加速させていった連合軍は、ついにバスケ部のキャプテンである大吉くんを擁する首位チームから金星をあげることに成功したのである。たかが体育のバスケットボールであり、別に涙ぐましい努力をしたとかいう話でもないのだが、私たちは確かに「普通に考えたら絶対に成しえないこと」を成し、最初の時からは想像もできないような連帯感と達成感を味わうことができたのである。

○チームメンバーの現在

気付けばあの頃からもう20年も経つ。聞いた話では、クラスのマイノリティーであったはずのみんなが社会に出てからは素晴らしい活躍をしているそうである。例えば「余りものーず」というチーム名を提案した州因は今は小児科医をしているそうだし、石見はエリート官僚になって海外留学している。私は当時、彼らが将来そんな立派になるだろうなんて夢にも思っていなかった(ごめんなさい)。私は学校にいた頃、学校は人生の縮図なんだろうと漠然と感じていた。ところがどっこい、人生はもっと全然奥が深いものであった。そう、考えてみれば、あの時の連合軍は将来の医者や官僚が集まった本当の意味での連合軍だったのである。

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コメント
面白かった。
チーム名「連合軍」使えるねー。
2012/12/14 7:40 AM by まきくん
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