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机の下の秘密基地
……プロ家庭教師ごん太の小さな発見……
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我ら連合軍【1】
私は家庭教師という仕事をしているということもあり、勉強に関しては得意であると言うことができるが、スポーツに関しては残念ながら平均以下の運動神経しか持ち合わせていない。

そのことに気付いたのは比較的早い時期だった。小学校2年生のとき、同じクラスの高橋くん−彼は小柄ながら運動神経が抜群だった−と同じ高さの塀から飛び降りた際、私だけが足をくじいたのである。

この事件を「そんなのたまたまでしょ!」と笑う人もいるが、私にはそう思う十分な理由があった。当時、僕たちの住む家の近くで火事が起きたことがあったのだが、その際、高橋くんのお父さんは燃える家の中に入って行っておばあさんを助け出し、消防署から表彰されたのである。私は子供ながらに「高橋くんのお父さんはただ者ではない。そしてその子供である高橋くんもただ者ではない。ただし、それらのことは私の可能性を少しも否定するものではない。私だってただ者ではない可能性が十分にあるのだ」

しかし、まるで理科の実験のような極めてシンプルな状況設定−同じ高さから飛び降りる−において、悲しい結果が表れ、そして周りの人々も「高橋くんとごん太が同じことをしたらそうなるに決まってる」と言うのを聞き、自分が運動の才能に恵まれていないことを自覚し始めるようになった。その後、跳び箱の段数だったり50m走のタイムだったりでその考えをより深めていくようになる。

しかし、スポーツ自体は嫌いではなかったので、学校の体育では何とか工夫して勝つ方法を考えることに全力を注いだ。小学校3年の頃には、バスケットボールの試合で「みんなにコードネームをつけて呼び合い、相手チームに誰を呼んでいるのか悟られないようにしよう」という作戦を考えた。小学校4年の頃にはレクリエーションの野球大会で「回の途中で時間が来たら、その前の回までのスコアで勝敗を決める」というルールに目をつけ、少しでもリードを奪ったら次の回に相手に延々と攻撃させ続ける作戦を考えたりした。

つづく

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