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机の下の秘密基地
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無意識で生きていた【1】

 タモリの有名な言葉の一つに「俺は5歳までは、無意識で生きていた 」というのがある。彼が本当はどういう意味でこの言葉を使ったのかは分からないが、私は自分なりにこの言葉を解釈し、「ああ、よく分かるなあ…。僕なんか8歳まで無意識で生きていたよ…」と考えさせられた。私には、小学校2〜3年生までに自分がとった行動を人から教えてもらったり、ふとしたはずみに思い出し、「なぜあんなことをしていたのだろう?」と思う事例が結構あるのだ。

1:体育連続見学事件
小学校2年生の頃、私はかなり長期にわたって体育を見学していた。これは母親から聞いた話であり、私自身には全くこれに関する記憶がない。見学となっていた理由は、学校の先生(ちなみに女性の先生である)が「紅白帽を持ってこなかった生徒は体育の授業を受けさせない」という方針だったにも関わらず、私が一向に紅白帽を持っていかなかったからである。最終的に親宛ての連絡帳に先生がこのことを書き記して事態が発覚したが、別段体育が嫌いという訳でもなかった私がなぜ一向に紅白帽を持っていくこともせず、また親にそのことを話すこともしなかったかは謎のままである。

2:口パク事件
小学校3年生の頃、音楽の駒村先生が「口を大きく開けて歌っている子はとてもえらいよ」と言っていた。そこで私はなるべく口を大きく開けるようにして歌ったのだが、やがて「声は出さずに、口だけ開けた方が限界まで口が大きく開けられる」ということに気づいた。その瞬間から私の口パク唱法が始まった。駒村先生はすぐにそのことに気付いたが、少し嫌味なところがある先生だったため、「ごん太くんは本当に口が大きく開いてるね。それで声もちゃんと出てるんならいいんだけど」という言い方で私に注意をしてきた。しかし私はほぼ無意識で生きている状態であり、「ああ、駒村先生がまた僕のことを誉めてくれた」くらいにしかそのことを感じていなかった。多分、それが一年か二年くらい続き、結局最後までそのことに気付かなかった(し、駒村先生も最後まではっきりとそのことを注意してこなかった)。その後長い時を経て、大学のときくらいにカラオケをしていてふとその記憶がよみがえり、「ああ、そう言えばあれどう考えても嫌味じゃん!口パクばれてるし!俺何やってんだよ!」と思い出した訳である。

(つづく)

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