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机の下の秘密基地
……プロ家庭教師ごん太の小さな発見……
elastic で plastic な思い出

先日、高校生の生徒に英語を教えていたとき、elastic(弾力のある・融通の利く)という単語が出てきた。その際、辞書で確認したところ、この単語の反対語として plastic が挙げられていた。

簡単に言うと、ゴムでできた物なんかは力を加えて曲げても元に戻るから elastic(弾力性がある)。一方、工場で作られるプラスチック製品なんかは熱によっていったんドロドロになるものの、型にはめられて形ができ上がった後はもう固くなっており、力を加えても曲がらないから plastic(塑性)。

紙粘土や油粘土も、固まるかどうかという大きな違いがあるものの、形を作ることができる以上は塑性に分類される。

今回そんなことを「なるほど…」と思いながら調べているうちに、突然、頭の奥底に潜んでいた幼少時の記憶がぱかっと飛び出してきた。

私がまだ幼稚園生だった頃、「今日は油粘土で動物を作りましょう!」ということになり、園児たちはみな思い思いの作品を作り始めた。みな黙々と作業を進めている。しかし私だけは「ちょっと待って、これって油粘土でしょ?どんなに一生懸命作っても固まらないよね。うまく出来ても作品として残せないのに、なんでこんなことするの??」と心底不思議に感じた。もちろん、当時の私は幼稚園児であり、今文字にしたようなことを冷静に頭の中で考えられた訳はなく、ただただ自分の頭で理解できない状況にパニック状態になっていた。

この日の出来事はどうやら軽いトラウマになったらしく、私は今でも油粘土を見ると少し悲しい気持ちになる。おそらくその時の「自分だけが理解できず、自分だけが取り残されている」という当時の気持ちが潜在的によみがえって来るからだろう。

今までこの一連のことは、もやもやして言葉にならないうっすらとした記憶でしかなかったが、今回の授業中に突然電流が走ったように言語化された状態でフラッシュバックしたので思わずこうして書き留めてしまった。

また、これは別の観点になるのだがもう1つ感じたことがある。私は今でも地理や政治経済といった、勉強してもしばらくすると少しずつ内容が変わってしまう科目が何となく好きになれない。これは何も科目に限ったことではなく、私は一事が万事、この志向性(永続的なものを好み、変わる可能性があるものを嫌う)が強い。

と言うことは、私には幼稚園生の時から既にこの価値観が現れていたということである。子供のちょっとした好き嫌いの兆しと言うのは、単なるその日の気分であったりその場の雰囲気に左右されることが多いとは思うのだが、中にはまれに、その子に本質的に備わった価値観を表している場合があるようである。


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乗り物について徒然に【6】

前回のつづき。

○電動自転車もすごい

我が家には電動自転車もあり、基本的に奥さんが乗っているのだが私も時々借りている。最近、その電動自転車が買ってからもう9年近く経つこともあり、バッテリーが完全にへたってしまった。フル充電してもスイッチを入れた瞬間に「残りが少ないので充電して下さい」といった表示が出るのである。

そこで Amazon で新しいバッテリーを購入した。元々ついていたバッテリーは容量が3.0hAだったのだが、今製品のラインナップを見ると標準でも8.9hA、大容量タイプになると13hA以上というものばかりで、これまた知らない間に時代は進んでいるものだと感じた。


↓今回購入したバッテリー


8.9hA の新しいバッテリーに変えた結果、今まではフル充電しても往復できなかった道のりが、1目盛りもバッテリーが減ることなく往復できてしまい、こんなことならもっと早く購入すれば良かったと思った。それにしても(またもや原付と比べてしまうのだが)、大きさとしては1リットルのペットボトルほどの大きさのバッテリーに、私の身体を何キロも運んでくれる電気が入っているんだと思うと何だか感慨深い。「自転車はバッテリーがなくても進むじゃないか」と思われるかもしれないが、電動自転車はとにかく登り坂が楽で、強力にアシストしてくれるのである。長い、またはきつい坂道を上っていると「これならまだ徒歩の方が楽だな…」と感じることがあるが、電動自転車はその自転車の一番弱いところをカバーしてくれる。1リットルのガソリンをぺろんと持っていたら、引火する可能性もあるし、いかにもエネルギーの塊を持っているという感じがするが、この電動自転車のバッテリーは特にそんなエネルギーの塊という危険さを全く漂わせていないのに、それだけの仕事をする能力があるなんて、なんだか電気というものはまた偉大だなあと感じざるを得ない。

ちなみに、9年近くも乗ったので電動自転車ごと替えた方がいいのではないかという声が聞こえてきそうだが、本体は意外にもへたっていないのである。この自転車は買った時は10万円くらいして「高い買い物だな…」と思ったのだが、やはりそれだけの値段、しかも国産(Panasonic製)ということで、作りがしっかりしたものだったのかもしれない。私の父親が買って持っていた「コストパフォーマンス最高」という評価の中国製の折り畳み自転車が、何年か外に出しておいただけでボロッボロになり、車体はサビだらけ、タイヤはちょっと空気を入れ直しただけで破裂したことを考えると、こうして長期間使ったときにこそ、本当にその製品の真価が分かるのかもしれないと思った。


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乗り物について徒然に【5】

前回のつづき。

○乗り物のパワーはすごい

色々な種類の乗り物に乗っていると、改めて「自分の身体を遠くまで運んでくれる」という乗り物の根本的な性質とその力強さを感じる。車なんて家族全員とその荷物をずいぶん遠くまで運んでくれる訳である。一方で、一人で移動する場合に限れば原付は車に比べてはるかに少ないガソリン量で人間を遠くまで運んでくれる。現在の原付は燃費が1リットルあたり50kmくらいだから、わずか1リットルの液体で人間を50kmも離れたところに移動させてくれるなんて、少し前の時代の人が見ればこれはもはや魔法に見えるだろう。

自転車に話を移すと、7〜8kmくらいを自転車で移動すると疲れはそこまで大きなものではないのだが、非常にお腹が空くことに気付く。私は自転車に乗るようになって初めて、人間が身体を動かしてそれによって栄養分が使われてお腹が空くということを直接的な実感として感じた。やはり人間が長い距離を隔てた地点に移動するということは、それだけのエネルギーを消費するということなのである。原付は1リットルの液体でもっと遠い距離を運んでくれることを考えると、水とガソリンで単純比較はできないが、水をいくらがぶ飲みしても大して進まない自転車に比べると、エンジン&ガソリンという仕組みがいかに優れた仕組みであるか分かるだろう。

(つづく)


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乗り物について徒然に【4】

前回のつづき。

○よく盗まれる

私はこれまでの人生で、原付・車・自転車と、すべての乗り物を盗まれた経験がある。原付に関しては鍵を差しっぱなしにするというチョンボをやらかしてしまい、どこかの不良に盗まれてひどい乗り方をされた。しかしその後、私の父親が乗り捨てられている車体を発見してくれ、その後またしばらく乗り続けた。この原付はその後、交差点で信号待ちをしている時にタイヤが破裂して、慌ててバイク屋で新品のタイヤに交換したら今度はその直後にエンジンが故障して泣く泣く乗り替えに…ということがあったのだが、また話が長くなるので割愛する。

車に関してはとにかく悲しい出来事だった。社会人になってしばらく、休みもなく働き続けた結果、車が買えるくらいのお金が溜まったので、憧れのスポーツカー、マツダのRX−8を購入した。まずとにかく格好いい(私は今でもRX−8が世界で一番格好いい車だと思っている)。そして、マツダの誇りであるロータリーエンジン。それでいて値段は庶民にも十分手の届く範囲である。しかし、わずか3年ほど乗った頃のある日、自宅マンションの駐車場から忽然と消えていた。最初は「どこかに停め忘れてきたのか?」などと思い返してみたのだが、どうやら盗まれたらしいということに気付く。どうもプロ集団にやられたらしく、きっと今頃は海外で走っているんだと思う。

3つ目に自転車だが、これが盗まれたのはここ最近の話である。私は何年か前にトライアスロンに出場するためにクロスバイク(6万円くらい)を購入したのだが、これが自宅マンションの駐輪場にワイヤーロックで支柱と結んでいたにも関わらず盗まれてしまった。インターネットで「自転車盗難.com」的なサイトで情報を調べてみたところ、その一ヶ月ほどの間に近隣のマンションから複数台ずつクロスバイクやロードバイクが盗まれたという被害情報が寄せられており、どうもプロ集団がこの近隣のマンション一帯を荒らし回ったらしい。なにせ私が慌てて交番に行って被害届を出していたら、別の近くのマンションのおじさんがやって来て、やっぱり「自転車が盗まれた!」と被害届を出していたくらいである。

(つづく)


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乗り物について徒然に【3】

前回のつづき。

○原付はいい

車と比べて原付が優れている点は、まず小回りが利くことである。私は初めていく場所には原付を多く使っている。それはもし道が分からなくなった時にも原付であればすぐエンジンを停めて歩道に退避できるし(車であれば流れている道の途中で停まることなど絶対にできない)、Uターンなんかもしやすい。もう1つ原付が素晴らしいのは、車に比べて視界が抜群にいいことである。スピードが車に比べて遅いこともあり、走りながら目に写る景色の情報量は車とは比べ物にならない。車で何度も通った道でも、原付で通ると思いもよらぬ発見をすることがある。季節の移り変わりや町の風景の美しさを感じたいときには、つい少し離れた場所でも原付で出掛けたくなる。桜の時期はもちろんのこと、みなとみらいの夜景の中を自由気ままにぶらぶら走ったり、堀割川のほとりを係留された船を眺めながらのんびりまっすぐに走り続けるのは最高である。

 ちなみに、私がつい最近まで乗っていたのは2ストロークという形式のエンジンだったのだが、長く乗っている間に法律が変わって排ガス規制が厳しくなり、50ccのスクーターはほぼ全て4ストロークというエンジンになっていた(そんなことになっているとは全く知らなかった)。4ストロークエンジンは燃費がいいなどのメリットが多い反面、走り出しのパワーが2ストロークに比べて弱いという特徴がある。私も乗り替えた当初はこの点にだいぶがっかりしたのだが、しばらく乗るとそれにも慣れて別に気にならなくなった。「バイクはちょっとアクセルを回しただけですごいスピードが出るから怖い」という女性なんかには、むしろこの4ストロークの出だしの緩やかさがメリットになるかもしれない。

(つづく)


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乗り物について徒然に【2】

前回の続き。

○原付の思い出

私がまだ中学生の頃、ある機会があって私は初めて原付に乗った(スズキの蘭というバイク。もちろんクローズドの私有地)。「自転車に毛が生えたようなものだろう」とたかをくくっていたのだが、漕がなくても進む…それも何だか滑るようにすーっと進み、それまでの人生で一番肌に風を感じた瞬間だった。普通なら中学生には乗れない乗り物であるという優越感のような物もあってか、私はその時から原付が大好きになった。

高校になり免許が取れる年齢になると、少し離れた場所にある図書館まで自習をしに行くという目的もあり、すぐに原付免許を取得した。確か校則では禁止されていた気がするが、勉学のためだから許されるだろうと勝手に自分の中で許可を出した。原付の免許は基本的に筆記試験のみだが、その後に簡単な実技講習のようなものを受けた。この時、教官が「乗ったことがあって慣れてる人はこっち、そうじゃない人はこっちに並んで」と言っていたのがカルチャーショックだった。建前で言えばそんな人がいるはずはないのだが、実際には無免許でバンバン乗っていて、やっと免許の取れる16歳を迎えた不良というのも少なからず混じっており、それをみんなまとめて一緒くたに指導するのは現実的ではないということだったのだろう。

(つづく)


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乗り物について徒然に【1】

○色々な乗り物に乗っています

私は仕事柄、あちこちのご家庭先に訪問する訳だが、そのためにとにかく色々な種類の乗り物に乗る。定番の電車はもちろん、車・原付・自転車のいずれもフル活用している。

車のメリットは自分だけの空間で移動できてリラックスできるし、軽食を取りながらの移動もできるし、何より長距離でも疲れない。しかしご家庭先に駐車場がない場合には利用できない(または割高のコインパーキングを使う必要がある)というデメリットもある。

原付はある程度の距離までの移動なら最高の乗り物だと思う。小回りが利くし、よほど街中でなければ駐車には困らない。コインパーキングでも横浜市営の施設を利用すれば100円ちょっとで停められる。難点は長距離は身体が疲れることと、冬は非常に寒いことである(スノーボーダーのような格好をして移動しなければならない)。

自転車はポピュラーな乗り物だと思うが、ちょっとだけ奮発して少し良い自転車(5万円から上のクロスバイクなんか)を買うとさらに移動できる距離も快適さも上がる。感覚として7〜8kmくらいまでなら運動不足の解消にもなって十分通える範囲だろう。私は車・原付が停めにくい横浜の中心街にあるセンターに行く場合などによく利用している。

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園児の心
私の娘は現在、幼稚園の年少である。

これくらいの年齢になると色々なお喋りをするのだが、「これはキティーちゃんが教えてくれた踊りなの!」とか意味の分からない発言も非常に多く、いくらかわいい我が子とは言え「へえ、そうなんだ!」と言いながら無視に近いスルーを決め込むケースも多い。

そんな娘の通う幼稚園では現在、友達同士で手紙をやり取りするのが流行っているらしく、娘も仲良しのお友達とミミズの這ったような文字(と言うよりミミズの方がまだ真っ直ぐである)とちょっとした絵(何の絵なのか判断がつかない場合も多い)、それにお母さんが代筆してあげたであろう普通の文字が入り混じった手紙を時々やり取りしてしている。

ちょっと前までは一人でジタバタしていただけの乳幼児が、友達なんかを作って手紙までやり取りしている姿を見て、親としては非常に感慨深いものを感じる。

そんな手紙ブームも少し落ち着いてきたここ最近だったのだが、昨晩、娘が泣きわめきながら「パ〜パぁぁ!てぇがみぃが、書ぁけぇなぁぁい!もじと絵をかぁいてえ!」と怒鳴りこんできた。「文字と絵をパパが書いたら、それはもうパパの手紙になっちゃうじゃん!」と軽く諭す。しかもよく見れば娘が半ば書き上げた手紙があるのである。

途中まで書いた手紙
↑娘の書いた手紙


「これを渡せばいいじゃん!」と言ったのだが、「これはぁぁ、からだがぁぁ、書けなぃぃ!あと、くちが曲がっちゃったぁぁ」と、便箋いっぱいに顔を書いてしまったせいで身体が書けないし、口が曲がっているからダメだと言う。「いやいや、上手に書けてるからそれを渡せばいいよ!」と言うが、なおも食い下がって来る。私は「相変わらず訳の分からないことを言う娘だ」としばらく無視を決め込むことにした。

しかし、何となく気になったので、「もう仕方ないなあ…分かったから。じゃあ、どういう身体を付けたいの?」と聞くと、何やら友達からもらった手紙を差し出してくる。

お友達からもらった手紙

ここで私は一つ納得がいった。友達がくれた手紙には全身が書かれており、娘もお返事には全身を描きたかったらしいのである。しかし先述の通りバランスが悪いせいで顔だけで紙がいっぱいになってしまったのである。

とにかくこのギャン泣きモードをすぱっと切り替える目的もあり、私はちょっと変わったことをして気をそらせることにした。まず娘の手紙をスキャナーで取り込み、画像加工ソフトで口の角度を修正して見せた。パソコン画面を見つめる娘は既に泣きやんでいた。

口を修正してみた

「あとはこれに身体を付けたいんだよね?」と確認し、インターネットの画像検索で適当なドレスのイラストを見つくろって、それに娘の描いた頭を乗せる。



完成した手紙

全くもってひどい出来だが、娘は「そう、そう!!」となぜか非常にご満悦の様子。ついでに背景と、もらった手紙に描いてあったお友達のイラストも友情出演させておいた(レイアウトについては本人の希望を尊重した結果であり、私の頭がおかしいのではないということをご理解ください)。

そしてこのアバンギャルドな作品をプリントアウトすると、娘は目にもとまらぬ速さでそれを封筒に入れて幼稚園のカバンに入れた。

ふと気になったことを聞いてみた。「ねえ、なんでそんなに手紙出したいの?文字も絵も書けないんだったら、別に無理して書かなくてもいいじゃん」

すると娘はこう答えた。

「だって、あやちゃんから手紙もらいたいんだもん!」

私は予想していなかった答にはっとした。そうか、この子は仲の良いお友達からまた手紙をもらいたいから、親が書いたものでもいいので、とにかくその子が書いてくれたものと同じフォーマット(全身が描かれた絵)の手紙を用意したかったのだ。私はてっきり、子供のことだから単に何かが描きたい、でもうまく描けない、イライラする、訳の分からないことを叫ぶ。ただそれだけのことだろうと思い込んでいた。人に愛されたいから、その人の求める物を与えたい。この心理は何ら大人と変わるものではないだろう。4歳の子供が既にこうした思考をするということは本当に驚きである。

私はその後、娘に「なんであやちゃんのことが好きなの?」と聞いたところ、少し考えてから「う〜ん、いっぱい遊んでくれるから」と言っていた。私もどちらかと言うと友達が多い方ではなく、自分を慕ってくれる友人がいるとこちらも嬉しくなって付き合いを深めるタイプだから、ひょっとするとそういう所は私に似てしまったのかもしれない。

少し話は逸れるが、私が小学校2年生くらいだったとき、学校の国語で「がまくんとかえるくん」という話が教科書に出てきた。かなりうろ覚えなのだが、その話の中でがまくんはかえるくんから手紙をもらいたいのだが、なかなか手紙がもらえないという場面があった。それについて先生が「がまくんはなぜ手紙がもらえないのでしょう?」と生徒たちに質問した。私を含め多くの生徒が色々な答を言ったのだが全く当たらなかった。その時、鈍臭くて何かと仲間外れにされることの多かった志村くんが珍しく手を挙げた。彼が手を挙げただけでもうクラス中は大爆笑である。さて、どんな的外れなことを言うのかと皆が注目する中、彼は正解である「がまくんが手紙を書かないから」という答をを当たり前のように述べた。この時、クラスは水を打ったように静かになった。

私はこの光景が今でも鮮烈に頭の中に残っている。今回の娘のエピソードも何かこれと相通ずるものがあるように思う。


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アニサキスと招き猫

先日NHKラジオで放送された『夏休み子ども科学電話相談』において、鋭い質問でありながら微笑ましいやり取りが交わされた内容がネット上で話題になっている。

大まかなやり取りは次のような感じである。

-----
かのんちゃん(6歳)
「お父さんがお魚を食べたらアニサキスに当たっちゃって、お腹が痛くなったんだけど、お魚はお腹が痛くないんですか?」

司会者
「お父さん、大変だったね。いつそんなことになったの?」

かのんちゃん
「昨日。うふふっ…」

先生
「お父さん、大変だったねぇ…」

かのんちゃん
「うふふふっ…」

先生
「アニサキスの最終的な目的地は人間の身体の中じゃないんです。だから人間の身体の中に入ると内臓から一生懸命逃げ出そうとするんです。だから痛いんです。お父さんには二度とアニサキスにかからないよう、あんまり生食しないようにねって言っておいてね」

かのんちゃん
「お父さんがアニサキスに当たった数は、これで3回目なの!」

一同
「あははは…(笑)」
-----

文字に起こすといまいち伝わりにくいかもしれないが、小さな女の子がたどたどしい口調でアニサキスという難しい単語を連発したり、お父さんが実は3回もアニサキスに当たったという経歴を全国放送で暴露してしまうなど、聞いていて本当に笑いがこみ上げてくる内容である。興味ある方はぜひ元の音源を聞いて見て欲しい。

(↓一応 Youtube のアドレスを載せておきます)
https://www.youtube.com/watch?v=NXsj4N9IF3w#t=393


この話題でふと思い出したのだが、私も小さい頃、一度だけ子供電話相談室(TBS)に電話をかけたことがある。質問の内容は「招き猫には右手を上げているもの、左手をあげているもの、そして両手をあげているものがありますが、何か違いがあるんですか?」というものだった。

そして、ラジオ放送というのは大体このような方式が多いと思うのだが、いきなり本番の放送に対して電話がつながる訳ではなく、放送が始まる前にまずスタッフの人が電話に応対し、放送するのにふさわしい内容かどうか確かめる。そして採用された場合には本番中に再び電話を掛け直すことになり、そうでなかった場合は「後で調べてまたこちらからお電話します」という対応となる。私の場合は後者だった。

そして実際に放送後、それが先生だったのかスタッフの人だったのかはもうよく覚えていないが、子供電話相談室から私の家に電話が掛かって来た。回答の内容は「色々な種類があるようですが、特に意味の違いはないと思います」という味気ないものだった。私は幼心に「う〜ん、何か意味がありそうだけど…自分的には鋭い質問だと思ったんだけど…気のせいだったのかぁ…」と少しがっかりした記憶がある。

そして時代は2015年である。インターネットで「招き猫 右手 左手」と入力して検索すれば、あの日相談室の先生やラジオスタッフが調べようもなかった事実が一瞬にして画面に表示される時代になった。

『右手を挙げている猫は金運を招き、左手を挙げている猫は人(客)を招くとされる。両手を挙げたものもあるが、欲張りすぎると「お手上げ万歳」になるのが落ちと嫌う人が多い』(Wikipedia 『招き猫』より抜粋)

やはり右手と左手の違いはあったのだ。

ただ、時代は変わっても変わらない大切なことがあると思う。それは分からないことを「分からない」と言う勇気である。あの時の子供電話相談室がそう言ってくれていたら私のがっかり感はなく、そして調べることをやめなかっただろう。招き猫自体は大した話ではないのでよいのだが、自分がよく知らないことを適当に答えてしまうことはこうして間違った知識を広げたり、本当は何か大きな発見につながるかもしれない疑問をつぶしてしまう可能性がある。物を教える立場にある私は自分への戒めも込めてこのことを強調したい。


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我ら連合軍【5】

前回のつづき。

○番狂わせ

私は連合軍を何とか勝たせたかったので、半ば捨て身の作戦をとることにした。チームで一番背の高い私が常に敵のゴール下に居続けて動かない。そして、残りの4人がボールを奪うことに成功したら私めがけて思い切りパスを投げ、私がシュートでゴールを狙う。サッカーならオフサイドになってしまうが、バスケットにオフサイドはない。ただし、相手チームの5人に対して4人で対応することになるからその点は不利になる。これは本格的なバスケではありえない作戦だが、素人も多い学校の体育であり、そして何より下手くそが5人集まるのも4人集まるのも大差ないという判断から思い切った行動に出ることにしたのである。

そしてこの作戦は見事に功を奏した。捨て身の作戦だからいつも勝つという訳にはいかなかったが、全敗してもおかしくないチームが5割を超える勝率を記録した。そして試合のたびにやる気と自信を加速させていった連合軍は、ついにバスケ部のキャプテンである大吉くんを擁する首位チームから金星をあげることに成功したのである。たかが体育のバスケットボールであり、別に涙ぐましい努力をしたとかいう話でもないのだが、私たちは確かに「普通に考えたら絶対に成しえないこと」を成し、最初の時からは想像もできないような連帯感と達成感を味わうことができたのである。

○チームメンバーの現在

気付けばあの頃からもう20年も経つ。聞いた話では、クラスのマイノリティーであったはずのみんなが社会に出てからは素晴らしい活躍をしているそうである。例えば「余りものーず」というチーム名を提案した州因は今は小児科医をしているそうだし、石見はエリート官僚になって海外留学している。私は当時、彼らが将来そんな立派になるだろうなんて夢にも思っていなかった(ごめんなさい)。私は学校にいた頃、学校は人生の縮図なんだろうと漠然と感じていた。ところがどっこい、人生はもっと全然奥が深いものであった。そう、考えてみれば、あの時の連合軍は将来の医者や官僚が集まった本当の意味での連合軍だったのである。

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